blog

2018/04/23 14:38

同朋舎新社では「平安・鎌倉時代の重要文化財「別尊曼荼羅」を保護し、未来に伝える図像集『密教図像集』刊行!」のクラウドファンディングを実施していますが、この場をお借りして、仏教や曼荼羅を理解するのは難しいと感じる方々も多いことと思いますが、身近でわかりやすく、ご紹介していきます。

今回は先日も登場いただきました、「川崎一洋先生」(高野山大学)による寄稿となります。

*上図は「仁王教曼荼羅」

釈尊(しゃくそん お釈迦さま)の入滅後しばらくは、その姿を直接表現することはタブーとされていました。いわゆる「仏像不表現」の時代です。当時は、菩提樹(ぼだいじゅ )や法輪(ほうりん)、足跡などで仏陀を象徴的に表現しました。人間の姿をした仏像が作られるようになったのは、多民族国家であるクシャン帝国がインドを支配していた2世紀の後半頃、ガンダーラやマトゥラーにおいてでした。


*上図は「仏足石 ブッダガヤ」

大乗仏教が盛んになると、仏陀としての釈尊以外に、さまざまな菩薩(ぼさつ)や、阿弥陀如来(あみだにょらい)などの他土仏(たどぶつ 他の仏国土に住む仏陀)の像も作られるようになり、それらの像を目の前に置いて、極楽などの浄土をイメージする、観仏(かんぶつ)という瞑想がおこなわれるようになります。

そして、密教に時代になると、衆生を救済する役目を担うたくさんの菩薩たちや、呪文のパワーを仏格化した明王(みょうおう)などが次々に生み出され、ヒンドゥー教の神々も取り入れられ、仏教のパンテオンは厖大(ぼうだい)な数となります。ちなみに、初期の曼荼羅(まんだら)は、それらを整理するために考案されたとも考えられます。

*上図は「砂曼荼羅」

密教の修行者は、その中から、願いや目的に応じて本尊を選び、その姿をリアルにイメージし、本尊の身体・言語・精神を、自分の身体・言語・精神に合一させ、本尊と一体となる、ヨーガの実践をおこないました。ヨーガというインドの言葉は、「融合する」あるいは「つながる」という意味の動詞ユッジュの名詞形で、漢字で「瑜伽(ゆが)」と音写されることもあります。そして、ヨーガによって本尊と一体となった修行者は、本尊に以心伝心で人々の願いを伝えたり、本尊そのものとして神通力を発揮して人々の願いを叶えたりしました。

密教において、本尊や曼荼羅をイメージすることを「観想(かんそう)」と呼びますが、密教の修行者(僧侶)にとって、それは必須のテクニックであり、その方法はまた、師から弟子へ秘密裏に伝授されました。

密教の経典の中には、ほとけや曼荼羅の観想の仕方がこと細かに説明されていますが、言葉には限界があります。そのため密教の僧侶たちは、法燈(ほうとう)を受け継ぐ弟子たちに、自分が観想したほとけや曼荼羅のイメージを正確に伝えるため、それらを実際に絵画として描いた「密教図像(みっきょうずぞう)」と呼ばれる作品をしばしば制作しました。

日本やチベット、ネパールなど、密教の伝統が息づく地域に伝わる「図像集」や「曼荼羅集」は、よりリアルなイメージを伝達するための、一つの補助装置なのです。

「平安・鎌倉時代の重要文化財「別尊曼荼羅」を保護し、未来に伝える図像集刊行!」プロジェクト詳細はこちら!

同朋舎新社お便りは毎週更新してまいります。次回もぜひご覧ください。