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【特別企画】国宝 子島曼荼羅 双幅(文化庁復元模写 奈良国立博物館蔵)【8Kハイビジョン印刷】
文化庁 復元模写完成記念特別企画!
文化庁の修復事業で唯一制作された、『国宝 子島曼荼羅』制作当時の壮麗な姿を完全複製。
弘法大師請来の現図曼荼羅が蘇る、8Kハイビジョン印刷・特別版!
● 2003年、文化庁の復元事業により、これまで劣化が激しく詳細な姿を見るこ
とのできなかった、尊容の細部が初めて明らかとなり、奈良国立博物館監修のもと制作当時の姿を再現した精巧精緻な復元本が1点のみ制作されました。
● この度、所蔵先である子嶋寺、奈良国立博物館から特別な許可をいただき、貴重な復元本を完全複製。事業の完成を記念して特別頒布いたします。
奈良国立博物館蔵
監修・解説:中野玄三(元嵯峨美術短期大学学長・京都国立博物館名誉館員) 頼富本宏(元種智院大学学長)
◆画幅寸法/胎蔵界:天地83.0 ×左右73.0㎝
金剛界:天地83.0 ×左右69.8㎝
◆軸寸法/各天地171.0 ×左右101.0㎝
◆印刷/8Kハイビジョン印刷
◆用紙/越前特漉鳥の子紙
◆「子島曼荼羅- 絵で学ぶ仏の教え」中野玄三:A5 判30 頁
「現図曼荼羅の一つとしての子島曼荼羅」頼富本宏:A5 判29 頁
◆原本版「子島曼荼羅」オリジナルシート2 枚付き
◆桐筥入り
*受注生産となりますので、お届けまでに1ヵ月ほ以上かかる場合がございます。また、額装も承りますので、お気軽にショップ事務局(shop@media-sk.co.jp)までご相談ください。
*懸ける場所を選ばない掛図普及版も扱っております。
商品URL:https://dohosha.thebase.in/items/5789521
【国宝 子島曼荼羅 解説書(解説者・頼富本宏)より】(抜粋)
南大和の高取町に小島寺と呼ばれる古刹がある。奈良時代に僧・報恩によって開かれ、平安前期には、本尊十一面観音の霊験は、大和国では長谷寺、壺阪寺につぐものであったという。
この寺に紺綾地金銀泥の両界(もしくは両部)曼荼羅図が伝わっていることは、平安中期にはすでに知られており、後代には寺名をとって「小島曼荼羅」と通称されている。この曼荼羅の由緒については、寺にある「小島山観覚寺縁起」に次のように説かれている。
小島寺の別院(子院)である観覚寺が所持する金銀泥両界曼荼羅図は、文殊菩薩の親筆(直筆)で、空海が入唐の砌、聖地五台山で異僧と術競べをして勝ったために得たものという。空海は帰国後、これを宮中に納めた。時が経って長保年間(九九九〜一〇〇四)、一条天皇が病にかかった際、小島寺の僧、真興が祈祷をもってこれを治癒せしめた。天皇は、その法験に感動し、恩賞として真興に文殊親筆の曼荼羅を授けたという。
この説話と同時代の歴史資料の記述から判断して、同曼荼羅は、中興とされる傑僧・真興の晩年に、彼の指導のもと高貴な方(一条天皇、もしくは藤原道長)の援助を受けて制作されたものとされ、その後も遷化した真興の追善回向のために同曼荼羅を本尊として、曼荼羅供養がしばしば修されたと推測される。
*本商品は同朋舎新社(合同会社DOHOP)公式ショップ以外のECサイトでは扱っておりませんので、類似品にはご注意ください。
■ 高田本山専修寺 蔵 ■ 解説/宮崎圓遵・平松令三
◆ 軸寸法/ 天地170.0 ㎝× 左右45.0 ㎝
◆ 用紙/ 特漉鳥の子紙
◆ 印刷/ コロタイプ多色刷
◆ 化粧箱入り
◆ 解説書/ 経折本仕立
◆ 専修寺複製許可証付き
*受注生産となりますので、お届けまでに1ヵ月ほどかかる場合がございます。
*表装の裂地は変更になる場合がございます。
*本商品は同朋舎新社(合同会社DOHOP)公式ショップ以外のECサイトでは扱っておりませんので、類似品にはご注意ください。
*分割払い ご相談下さい(CONTACTよりご連絡下さい)
文化庁の修復事業で唯一制作された、『国宝 子島曼荼羅』制作当時の壮麗な姿を完全複製。
弘法大師請来の現図曼荼羅が蘇る、8Kハイビジョン印刷・特別版!
● 2003年、文化庁の復元事業により、これまで劣化が激しく詳細な姿を見るこ
とのできなかった、尊容の細部が初めて明らかとなり、奈良国立博物館監修のもと制作当時の姿を再現した精巧精緻な復元本が1点のみ制作されました。
● この度、所蔵先である子嶋寺、奈良国立博物館から特別な許可をいただき、貴重な復元本を完全複製。事業の完成を記念して特別頒布いたします。
奈良国立博物館蔵
監修・解説:中野玄三(元嵯峨美術短期大学学長・京都国立博物館名誉館員) 頼富本宏(元種智院大学学長)
◆画幅寸法/胎蔵界:天地83.0 ×左右73.0㎝
金剛界:天地83.0 ×左右69.8㎝
◆軸寸法/各天地171.0 ×左右101.0㎝
◆印刷/8Kハイビジョン印刷
◆用紙/越前特漉鳥の子紙
◆「子島曼荼羅- 絵で学ぶ仏の教え」中野玄三:A5 判30 頁
「現図曼荼羅の一つとしての子島曼荼羅」頼富本宏:A5 判29 頁
◆原本版「子島曼荼羅」オリジナルシート2 枚付き
◆桐筥入り
*受注生産となりますので、お届けまでに1ヵ月ほ以上かかる場合がございます。また、額装も承りますので、お気軽にショップ事務局(shop@media-sk.co.jp)までご相談ください。
*懸ける場所を選ばない掛図普及版も扱っております。
商品URL:https://dohosha.thebase.in/items/5789521
【国宝 子島曼荼羅 解説書(解説者・頼富本宏)より】(抜粋)
南大和の高取町に小島寺と呼ばれる古刹がある。奈良時代に僧・報恩によって開かれ、平安前期には、本尊十一面観音の霊験は、大和国では長谷寺、壺阪寺につぐものであったという。
この寺に紺綾地金銀泥の両界(もしくは両部)曼荼羅図が伝わっていることは、平安中期にはすでに知られており、後代には寺名をとって「小島曼荼羅」と通称されている。この曼荼羅の由緒については、寺にある「小島山観覚寺縁起」に次のように説かれている。
小島寺の別院(子院)である観覚寺が所持する金銀泥両界曼荼羅図は、文殊菩薩の親筆(直筆)で、空海が入唐の砌、聖地五台山で異僧と術競べをして勝ったために得たものという。空海は帰国後、これを宮中に納めた。時が経って長保年間(九九九〜一〇〇四)、一条天皇が病にかかった際、小島寺の僧、真興が祈祷をもってこれを治癒せしめた。天皇は、その法験に感動し、恩賞として真興に文殊親筆の曼荼羅を授けたという。
この説話と同時代の歴史資料の記述から判断して、同曼荼羅は、中興とされる傑僧・真興の晩年に、彼の指導のもと高貴な方(一条天皇、もしくは藤原道長)の援助を受けて制作されたものとされ、その後も遷化した真興の追善回向のために同曼荼羅を本尊として、曼荼羅供養がしばしば修されたと推測される。
*本商品は同朋舎新社(合同会社DOHOP)公式ショップ以外のECサイトでは扱っておりませんので、類似品にはご注意ください。
■ 高田本山専修寺 蔵 ■ 解説/宮崎圓遵・平松令三
◆ 軸寸法/ 天地170.0 ㎝× 左右45.0 ㎝
◆ 用紙/ 特漉鳥の子紙
◆ 印刷/ コロタイプ多色刷
◆ 化粧箱入り
◆ 解説書/ 経折本仕立
◆ 専修寺複製許可証付き
*受注生産となりますので、お届けまでに1ヵ月ほどかかる場合がございます。
*表装の裂地は変更になる場合がございます。
*本商品は同朋舎新社(合同会社DOHOP)公式ショップ以外のECサイトでは扱っておりませんので、類似品にはご注意ください。
*分割払い ご相談下さい(CONTACTよりご連絡下さい)